ナチスドイツについての質問です。 当時のナチスドイツで親日派だった

ナチスドイツについての質問です。
当時のナチスドイツで親日派だった 高官 軍人 を くわしく教えて下さい。
くわしい方よろしくお願いします。
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それならば唯一無二と言えるのが カール・ハウスホーファー (1869~1946)でしょう。
バイエルン王国の陸軍士官だった時に東京を訪れ(任務は不明)山県有朋の政治手腕に感銘を受けます。黒幕となり官僚を支配し陰から政治を操る姿に高い評価を出しています。
以来、大の日本びいきとなり1913年には『ダイニホン』(領土拡張を成し遂げた日本の軍事力、世界的地位そして未来についての考察)という著作を発表しました。
第一次大戦後(戦争に負けたのは日本と同盟せずオーストリアなどという衰弱国家と同盟したせいだと語った。)少将で退官すると、ミュンヘン大学の講師になり「地政学」を教えるようになります。
ここにいた若い聴講生でハウスホーファーに心酔し私設の助手になった青年が誰あろう後の副総統 ルドルフ・ヘス でした。
ヘスとヒトラーがけランツベルク要塞刑務所に収監されたとき、ハウスホーファーは毎週水曜日にここを訪れ「政治」や「地政学」を長時間講義しました。当然ヒトラーの書いた『マインカンプ』にその影響を与えます。小国は淘汰され、世界はいくつかの強大国によって分割支配されなければならない。というのが彼の地政学でした。
また有名な「一国民が生き残ろうとする意志力が真に試されるのが戦争」というヒトラーの好むレトリックですが、実はこのフレーズは『ダイニホン』の中でハウスホーファーが日本国民について語った言葉の引用なのです。
彼は恐らく憧憬の国日本の事をを熱くヘスとヒトラーに語ったでしょう。これが日本との同盟に一役買ったのは確実です。
ハウスホーファーはナチに入党はしませんでしたが、日独防共協定・ミュンヘン会談・独ソ不可侵条約という重大な局面で常にヒトラーの相談役を務めています。しかし後ろ立てのヘスが突如イギリスに渡ってしまうと立場が暗転、監視対象になります。ヒトラー暗殺未遂事件では息子が処刑され自身も投獄されます。この為ニュールンベルグ裁判に戦犯と指名される事は免れたものの失意のうちに自殺しました。
◆ナチスのホンネは「日本人は黄色いサルだ」(わが闘争、記載)です。
ただ憎むべきソ連や英米両国を叩くのに、地政学的に都合がいいいから日本と軍事同盟を結んだに過ぎません。
あるいは 手に入りにくい軍需物資、タングステン、天然ゴムを提供してもらおうと。
間違えないでください
◆そんな人いたの?
ヒトラーはじめ、ナチスは黄禍論信者でしょ。
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